| 1968年 | 1月7日 ウクライナ クリヴォイ・ログに生まれる (山羊座) | |
| 兄弟は、弟さんが1人 ちなみに、干支は 未(ひつじ)年 に なるそうです (干支は旧暦で ということなのでしょうか...) |
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| 1972 | 4歳から バレエをはじめる | |
| 1978 | 10歳で ボリショイ・バレエ学校 入学 | |
| 名教師 ピョートル・ペーストフ に 8年間 学ぶ | ||
| 1985 | ボリショイ・バレエ学校来日公演で、初来日 | |
| 1986 | ヴァルナ国際バレエ・コンクールで グランプリ受賞 | |
| ボリショイ・バレエ学校卒業 と同時に | ||
| モスクワ・クラシック・バレエに入団 最年少ソリストとして活躍 | ||
| 1988 | モスクワ 全ソ・コンクールで 第1位 | |
| 1989 | モスクワ国際バレエ・コンクールで 金賞受賞 | |
| (この間、モスクワ劇場専門学院において3年間のクラシック・バレエ教師専修コースを修了) | ||
| 1991 | パリで セルジュ・リファール賞 受賞 | |
| 1992 | ロシアを離れ、ウィーン国立歌劇場バレエ団のファースト・ソリストになる | |
| シュツットガルト・バレエ団でも、ハイデ版「Sleeping Beauty」などを踊る | ||
| 1994 | カナダ・ナショナル・バレエにプリンシパルとして契約 | |
| 日本 「世界バレエ・フェスティバル」 初参加 | ||
| 1995 | アメリカン・バレエ・シアター(ABT)と契約 | |
| 1999 | ウィーン国立歌劇場バレエ団のために『ラ・バヤデール』を振付・演出、主演 | |
| 2001 | 同バレエ団のためにヴェルディの『グスタフ王または仮面舞踏会』を振付・演出 | |
| 2002 | ベルリン国立歌劇場バレエ団の芸術監督に就任 | |
| 12月には自身の版による『ラ・バヤデール』を演出および主演 | ||
| モナコ「ニジンスキー賞」の男性ダンサー部門を受賞 | ||
| 2004 | 3月 マラーホフ版 新演出 『シンデレラ』を上演 | |
| 9月、ベルリンの3つの劇場 (従来の、マラーホフのベルリン国立歌劇場のバレエ団、そしてベルリン・ドイツ・オペラ、及びコーミッシェ・オーパー) のバレエ団が統合されて誕生する、 ベルリン国立バレエ団 の初代芸術監督に就任 |
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| 2005 | 10月 マラーホフ版 新演出 『眠れる森の美女』を上演 | |
| ◆マラーホフ 振付作品 | ||
| ラ・バヤデール (1999年) | ||
| 仮面舞踏会 (2001年) | ||
| シンデレラ (2004年) | ||
| 眠れる森の美女 (2005年) | ||
| ラ・ペリ (2010年) | ||
| 現代 世界最高のダンサーの1人、と 云って間違いではないでしょう。 それは、世界のあらゆる国から有名なバレエ団やダンサーが多数やってきて公演を行なう この日本で、長く 人気No.1 を保っている、ということからも 示されていると思います。 (日本のバレエ雑誌「ダンスマガジン」誌の 読者人気投票で、マラーホフは 90年代の初めの頃から数年続けて 男性の第1位、その後も毎年現在に至るまで 1〜3位内に入っています。) バレエで、“王子さま役” といったら、まず彼でしょう。 恵まれたプロポーション、基本に忠実で確かなテクニックに裏打ちされた踊りは美しく、手の先・足の先まで神経が行きとどいていて、この上なく優美。 “クラシック・バレエの美を理想的に体現している” ダンサー。 そして、なにより表現力・演技力も素晴らしい。他のダンサーにないものがあります。 彼のように踊れるダンサーは、そう簡単に2人と現われないのではないでしょうか...。 彼の魅力について、私(管理人・ハギノヒメ)ごときがここに書くのはなんだかおこがましいので、管理人の自己紹介のページに、私なりの思いを書きました。 よろしければ、そちらの方もチラッとご覧になってみてください。 |
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